近年増えた女性の精神障害は、手首自傷(リストカット)など激しい行動化を呈する境界性パーソナリティ障害、摂食障害、セクシャルハラスメントの被害による心的外傷後ストレス障害(PTSD)、夫による暴力(ドメスティックバイオレンス:DV)、アルコール症、過呼吸症候群、児童虐待などです。また、うつ病とパニック障害は女性に有意に多い障害です。
現代、女性は社会的自立を当然のこととして受け入れるようになり、競争社会のなかに突入しました。幼い頃から養育の早期切り上げが行われ、早すぎる自立を促進され、その結果「子ども時代の積み残し」をしたまま青年期を迎えます。積み残された子どもの自分と大人の自分とが分裂(スプリット)したまま思春期・青年期を迎えるのです。
甘えの断念と引き替えに獲得した自尊心は、親の期待に応えることを求められて強化され、期待に応えることに失敗したときに自己の無力感と無価値観が一挙に前景に突出します。その裏には「無条件では愛されない」と感じてきた生育史の秘密が隠されています。親の「子に対する期待という欲望」が正常自己愛の発達を阻害し、病的な自己愛(自己と他者を愛せない)が発達します。親の病的自己愛が子どもに投射されるといってもよいです。「人と違う自分」「すごいと思われる自分」を望むとともに、深い自己不信を抱えて育っているのです。
結果主義は現代日本の基本的病理であり、無視されるのはプロセスの重要性です。結果主義が導くのは学歴、職業、容姿、体型、才能、ブランドなど、だれでも外からわかるような外的価値の優位性であり、現実のなかで結果が得られなければ、だれもが価値があると考えるダイエットに取り組みます。やせることに成功すれば「すごい」と周囲が感心してくれて自己不信が軽減するからです。摂食障害は「人からどう見られるかということに関連する自尊心の病理」です。この障害が社会現象化していることはよく知られているでしょう。
他方、リストカット、過量服用、共同自殺、頻回の自殺企図、過呼吸症候群、家庭内暴力、性的逸脱行為、乱費など激しい行動化を示す境界性パーソナリティ障害が増加しています。この障害は生後1歳半前後に起こる母との強い分離不安の時期(再接近期)に適切な養育が行われなかったことに基因すると考えられており、幼いこころに強力な見捨てられ不安が生じ、思春期における第二個体分離期にその恐怖と怒りと抑うつが再現すると考えられています。家庭環境が変化したのです。境界性パーソナリティ障害では特有の破壊的感情が出現し、Mahlerはこれを新約聖書の「ヨハネの黙示録」になぞらえて「見捨てられに関連する7人の黙示録の騎士」と記載しました。すなわち、憤怒、絶望、孤立無援感、空虚感、よるべのない不安、自暴自棄の感情、抑うつです。この感情が同時に、あるいは次々と出現して患者様を圧倒するのです。
境界性パーソナリティ障害がわが国で増加したのは、1980年ごろからです。少子化が進み、家電革命とともに主婦の膨大な余剰時間は育児に費やされるか、自らの豊かさの追求に費やされました。母子密着か、その逆の放任かという極端な形で進行したと考えられます。実は、境界性パーソナリティ障害の親は自身が境界性パーソナリティ障害傾向をもっており、母から娘へといわば世代間伝達します。境界性パーソナリティ障害が境界性パーソナリティ障害をつくり、それが次第に濃縮されるような形でそのエントロピーを増大させているのではないでしょうか。
ところで、女性のライフサイクルのなかで、妊娠・出産・育児期と更年期は、内分泌的均衡の変動など生理学的変化と心理社会的状況の変化とが同時に起こり、うつ病の発症をはじめとして、メンタルヘルスに不調を来しやすい時期です。その状態像は軽症で一過性の場合から重症例まで幅広いです。特に、軽症例では、“産後の肥立ち”や更年期障害としての身体疲労感をはじめとする不定愁訴で産婦人科や内科などを受診する可能性が高いです。
妊娠・出産・育児期の精神障害の頻度は高く、その状態像もさまざまです。かつ、この時期は、妊産婦自身のメンタルヘルスの問題であっても、胎児や乳児の産科的および小児科的管理などを通じて、複数の専門医療とつながっている場合が多いです。
マタニティブルーズは、出産直後から数日間の間にみられる一過性の気分の変動を主とする現象であり、数時間から1~2日間で消失します。涙もろさ、気分の落ち込みがみられたり、食欲不振や疲労、睡眠が不良で夢をみたりします。また頭痛を訴えたり、集中力の低下などがあり、精神的・身体的に不調な状態をいいます。約25~30%の母親がマタニティブルーズを経験新しますが、特に治療の必要はないです。
無事に出産を終えたにもかかわらず、涙ぐむ、気分が沈むなどの抑うつ感や疲労感をおぼえ、育児と家事に支障を来すようになります。また、母親として妻としてわが子や夫に申し訳ない、いなくなったほうがいいという、罪悪感や自殺念慮などの症状が出現します。これらの症状が2週間以上続く場合にはうつ病を考えます。また授乳をする場合もうつろな表情で、乳児に微笑みかけたり話しかけるなどの積極的なかかわりができず、子どもへの愛着が実感できないと訴えることもあります。しかし、産後うつ病の母親は自らの抑うつ感情を周囲に訴えるかわりに、乳児の体重が増加していないとか、 母乳が不足していないかなどを過剰に心配し小児科を受診する場合もあるので、注意を要します。
頻度は10~20%前後と高く、多くの例で出産後1~2週間から1か月の間に発症します。そのため、産科外来での産後1か月の健診では、産後うつ病を見逃さずに早期発見をすることが大変重要になります。
産後うつ病には、まず第一に精神科既往歴が挙げられます。そのほか、周囲からのサポートが乏しいことなど、いくつかの発症危険因子が報告されています。これらの因子の有無について妊娠中から問診票などで把握しておくことは、産後うつ病の見過ごしを防ぎ早期発見にもつながります。
早期の診断および介入が重要です。そのために簡便なスクリーニング法が英国で開発され、わが国でも使用されています。うつ症状についての10項目からなり、各項目を0~3点までの4段階で答える自己記入式スクリーニング質問表であり、合計点が30点満点になります。9点以上であれば産後うつ病を疑います。
産後精神病では、幻覚・妄想などの知覚や思考の障害があり、現実検討能力が障害され、まとまりのない言動を示します。「赤ちゃんが自分の子でない」「すり替えられている」などの乳児に関連する妄想を訴えることもあります。抑うつ症状や、逆に気分が病的に高揚する躁状態など、気分の障害も合併しやすい特徴があるとされます。困惑して育児もできなくなり、本人の日常生活の機能が保てないことから、精神科入院治療が必要な場合が多いです。
出産後2週間以内の早期に、急激に発症します。頻度は稀で、1,000回の出産に1~2回の頻度で起こります。
精神科病棟への入院による精神科薬物療法と、本人の安全と安静の確保が治療の中心となります。母親が入院となる場合は、母子分離のケースとなります。産褥期間で、母親がまだ産科病棟に入院中であり、かつその施設で精神科医にコンサルトできる状況であれば、早めにコンサルテーション・リエゾンによる往診を依頼します。精神科薬物療法としては、睡眠薬による睡眠の確保と、幻覚・妄想状態に対するハロペリドールなどの抗精神病薬投与があります。多弁・多動で、落ち着きがなくエネルギッシュな躁状態の母親に対しては、すみやかに炭酸リチウムやカルバマゼピンなどの情動調整薬の投与が必要となる場合もあります。特に疲弊、消耗、脱水、発熱などがみられると、死に至る危険性もあるため、迅速な治療が必要です。
抗精神病薬や情動調整薬による治療の反応は良好です。通常およそ2~3か月の精神科薬物療法期間となり、その間に症状は急速に改善します。予後は良好であり、家事や育児能力も正常になります。
妊娠中は出産や胎児の健康への不安、出産後は育児への不安が高まり、発症の契機となる体験を生じやすい時期です。パニック障害は妊娠中に軽減し、出産後は増悪、再発しやすいですが、強迫性障害は妊娠・出産期を通じてしばしば発症や増悪、再発がみられます。
強迫性障害の症状としては、清潔へのこだわりが過剰となって何度も手洗いをしたり、哺乳瓶の消毒を繰り返すなどの強迫行為がみられます。また、赤ちゃんを落としたり傷つけるようなことをしてしまうのではないかという強迫観念に支配され、乳児と2人きりになることができなくなり、育児に支障を来すこともあります。
母親の不安を低減するための情緒的サポートと、不安障害の症状軽減の目的で行う精神科薬物療法とがあります。パニック発作による血圧上昇や交感神経系の興奮が持続すると、胎児と胎盤に悪影響を与える可能性があるため、パニック発作をコントロールすることは重要です。通常の不安障害の治療と同様、抗不安薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)による治療を行います。一方、強迫性障害の治療は認知行動療法およびSSRI、塩酸クロミプラミンなどの抗うつ薬を用いた精神科薬物療法を行います。