従来ヒステリーと呼ばれてきたこの障害はおおよそ、患者の生活史的困難に対してその生物学的な基盤のうえに心因的につくり出された機能的障害一般であるとまとめることができます。その機能的障害のうち、主に精神面に障害が現れるものを解離性障害といいます。これは解離症状ともいい、代表的なものに解離性健忘などがあります。一方、主に身体面に障害が現れるものを転換性障害といいます。これは、転換症状ともいい、代表的なものに矢立失歩などがあります。これらは、もちろん、なんらかの器質的な疾患を否定して初めて診断の可能性を疑うべきものではありますが、なんらかの器質的疾患に寄り添うようにして生じてくることもあるので注意が必要です。交通外傷後に長びいた健志、足の骨折の治癒後にも続いた歩行困難など、身体疾患の治りが悪いようなときには解離性(転換性)障害が隠れている可能性もあります。
解離性(転換性)障害の、転換性を括弧をつけて解離性障害と併記する名称のいわれは、そもそも解離性(転換性)障害のかつての(あるいは今も使用することのある)疾患名であるヒステリーが、転換型と解離型といった2つのタイプにもともと分かれており、しかも、少なからずこれら両方のタイプが共存する状態も存在する(たとえば心因性非てんかん性発作など、意識消失という意味では解離症状ですが、身体のけいれんという意味では転換症状)といった事情に存します。そういった意味からも、解離性(転換性)障害を1つの大項目のもとにまとめるほうが的を射ているものと思われます。
解離症状とは、総じて、「意識が飛ぶ」現象であって、その程度はさまざまです。解離性障害の代表的な病態は以下のとおりです。まず、生活史の一部ないし全部を思い出せなくなる解離性健忘、あるいはまた、突然行方をくらましてどこか遠くで発見される解離性遁走(フーグ)、あるいは、外界の刺激に対する正常な反応の減弱ないし欠如を呈する解離性昏迷、さらにはトランスおよび憑依障害といって、他者的ななんらかの力にとりつかれ、自我意識が一時的に障害されるような病態もあります。また、俗に多重人格といわれている解離性同一性障害も、まれならずみられます。この障害の場合、解離性障害一般においてもそうでありますが、とりわけ、過去に重大な心的トラウマ(性的虐待や身体的虐待、あるいはネグレクトなど)をかかえこんでいるケースが多く、直観像保持者が多かったです。
一方、転換症状とは、いわゆる心理的葛藤が身体症状へと転換されることです。代表的なものとしては、解離性の運動障害(失立失歩、失声、ほかさまざまな運動失調や運動麻庫など)、解離性けいれん(心因性非てんかん性発作、いわゆる大ヒステリーの偽発作)、あるいは、解離性知覚麻庫(無感覚)および知覚(感覚)脱失(たとえば心因性の聴覚喪失、あるいは視覚障害など)といった感覚障害があります。いずれも、器質性疾患からの直接的原因によらないことを確認しておく必要があります。しかしその場合でも、器質性疾患の可能性を常に留保しつつ機能性障害の治療にあたるべきです。
一般に解離症状・転換症状といってもその程度はさまざまです。この障害それ自体に対する有効な薬物はないので、治療者は多少時間のかかることを覚悟のうえ、患者様とかかわっていかなければならないです。この覚悟を決めることが以後の治療にむしろプラスに働きます。患者様の性格傾向や気質など、もともとの生物学的基盤がどうであったか、確認する必要があります。物事に没頭しやすく時間の経つのも気づかず、あのときどうだったか後から思い出せないような額向があるのかどうか、被暗示性がもともと高いのかどうかなどです。過去になにか重大な心的トラウマがあったのかどうかについては、すぐには聞き出さないまでも、常に治療者は頭に入れておく必要があります。患者様やご家族には、環境調整の重要性を強調しつつも、よくなるまでには時間がかかること、焦らずに待つのが大事であることなどを、繰り返し伝えることが必要となります。程度の軽いものは自然に寛解することも少なくありませんが、患者様をとりまく周囲との力動関係いかんによっては治療に難渋することもあります。しかし、時に運命としかいいようのない出来事を経てよくなることもあります。
薬物は以上の大前提を踏まえて補助的に使用したいものです。この障害に対して著効する薬物がありませんので、治療者は焦り、多剤併用に陥りがちとなります。薬物は解離症状や転換症状に焦点を合わせるのではなく、状態像に焦点を合わせるとよいです。たとえば、①不安や抑うつが目立つときには、抗うつ薬に少量の非定型抗精神病薬などを加えたり、抗不安薬を一定の制限のもとで使用したりします。あるいは、②焦燥や興奮が目立つときには、頓用で非定型抗精神病薬あるいは気分安定薬を使用するとよいです。