薬物療法と一時的な休養、体調に合わせた日常生活の勧めといったうつ病の典型的な対応が弊害になりうるため、安易に「うつ病」と診断し、それに合わせた治療をしてはならない。この場合まず問題となるのは、薬物で治療される病気として認定されることです。それによって本人の責任が問われなくなります。さらに一時的な休養を勧められて、患者は思いどおりにならない現実を棚上げします。その一方で負担にならないことはしてよいという治療者の言葉を文字どおり受け止めて、旅行には出かけられることになります。その点では医師側の不十分な診断・説明が「現代型(新型)うつ病」の増加を助長している側面もあります。
治療の第一歩は、患者に十分話させることです。大うつ病の診断基準にあげられた症状の有無のみを尋ねるのではなく、どういう状況で症状が始まったのか、職場で落ち込むということであれば、どのような状況で落ち込むのか、そもそもどういういきさつで入社したのか、仕事の内容は自分に合っているのか、仕事は忙しくないかどうか、職場でのトラブルはなかったかどうか、上司の性格はどうか、職場の人間関係はどうかなどを詳しく尋ねていきます。よく聞かれるのは上司との関係です。上司が厳しい、仕事のことを聞きづらい、ひどいことをいわれた、一生懸命やっていても評価されないなどと述べられることもまれではなく、最終的には仕事での挫折体験を引きずっていることが明らかになります。この問題が出てきたときは、本人の話を共感的に傾聴する必要があります。
帰宅後や休日の様子も必ず尋ねます。帰宅後は趣味に熱中し、休日は旅行やスポーツなどができている場合があります。本人の関心ごとに焦点をあてて、盛り上げていくと誇らしげに語ることも少なくないです。食欲や睡眠に関して尋ねると、時に入眠障害は認められても食欲は問題のないことがほとんどです。こうした面接を踏まえて、明らかに「うつ病」ではないこと、職場と関連した「抑うつ状態」であり、そこで抱えている問題を解決しないことには、症状が続くことを伝えます。そのうえで、職場のストレスがあっても、別な場面でうまく発散することで乗り切れるかどうか、会社側との話し合いを望むかどうかを尋ねます。
薬物療法は基本的に不要であり、処方するとしても対症療法にとどめます。患者に薬を飲んでいれば自然によくなると思わせてはなりません。職場にも多少の問題はありそうですが、本人の努力も必要であると、抑うつ状態の原因の一端を本人にも引き受けてもらうことが重要です。
本人が望めば、職場との調整も進めていきます。職場の上司や人事部門の担当者にも来院してもらい、本人の職場での様子を聞いたうえで、会社側で改善できる点がないかどうかを本人ともよく話し合ってもらいます。大切なことは、職場でのコミュニケーションを密にしてもらうことです。彼らはしばしば会社から見捨てられているという思いを抱いています。会社から十分なケアを受けていると思えば、他責的になることもないです。職場での挫折体験がある場合には、名誉回復の機会を与えてもらい、自信を回復させることが症状の改善につながります。
とはいえ、本人の希望をすべて受け入れることは、現実的には難しいことも多く治療的でもないです。配置転換を含め、会社でできること、できないことをはっきり告げてもらいます。会社側がそれなりの対応をしても、本人が満足せず過大な要求をしていると判断される場合には、もっと能力を生かせる職場に転職することも選択枝であると説明し、本人の決断を促します。
通常は仕事を続けながら外来治療で十分なケースも少なくないですが、本人の苦悩が強ければ短期間の休養を勧めます。その間に本人の抱えている問題を整理し、一緒に解決法を考えていきます。職場に戻りたくない気持ちが強いが、退職になっては困るといった葛藤状況にある患者で、ずるずると休職期間が遷延する場合には、専門医への受診を勧めます。
経過は環境調整や心理的アプローチの成否にかかっています。適切な介入が行われれば速やかに改善しますが、対応を誤ると年余にわたって遷延することもまれではないです。