2019年11月23日
千里中央(大阪府豊中市・北摂千里ニュータウン)、心療内科 精神科(メンタルヘルスケア科)・復職支援(リワークおよびリワークプログラム)協力医療機関「医療法人秀明会 杉浦こころのクリニック」の杉浦です。
今回は「職場のメンタルヘルス」の50回目です。引き続き、職場のメンタルヘルスについて詳しく触れたいと思います。
【続き→】〖産業精神保健の基本問題(産業メンタルヘルスの基本問題)〗(ⅩⅩⅩⅥ)
◎産業保健専門職などメンタルヘルス専門職の中立性について
⇒産業医による産業保健活動などメンタルヘルス活動のあり方を論じる際に、よく俎上に載せられるメンタルヘルス事項の一つに「立場の中立性」があります。医師である以上、メンタルヘルス面における弱者(多くの場合、メンタルヘルス障害を有しているメンタルヘルス不調者本人)の側に立ち、メンタルヘルス不調者らが周囲の理解を得ながらできるだけメンタルヘルス不調者自らが希望する仕事に従事できるようメンタルヘルス支援を行うべきであるという考え方(①とする)があります。他方、産業医は、事業者に雇用されている立場であるから、メンタルヘルス面における弱者だけでなく、そのメンタルヘルス不調者の周囲の職場関係者や、事業体の運営、経営面にも配慮した(端的に表現すればむしろ「会社寄り」の)メンタルヘルス判断をせざるを得ないことがあるという指摘(②とする)もあります。このメンタルヘルス事情は、多かれ少なかれ、産業看護職などメンタルヘルス職にも当てはまるはずです。
この①と②は、相容れないことから、産業医としてどちらを選択するのかと迫られた際、しばしば用意されるのが「中立」という回答です。ニュアンスとしては、「メンタルヘルス不調者寄り」でも「会社寄り」でもなく、その中間でバランスを重視したメンタルヘルス判断をするといったところでしょう。しかし、抽象論ではなく、個々のメンタルヘルス事例について具体的にどういったメンタルヘルス判断が中間的なものかを考えると、どうするのが「メンタルヘルス不調者寄り」で、どうするのが「会社寄り」かを簡単に分けるのが難しいことも多いです。
一つ具体例を挙げてみます。
メンタルヘルス不調をきたしたメンタルヘルス不調者が職場配転を希望しました。当該メンタルヘルス不調者は、現在の職務と職場がメンタルヘルス不調者自身に合っていないためにメンタルヘルス不調に陥ったのであり、配置転換によってメンタルヘルス状態がよくなるはずだと主張しています。しかし、メンタルヘルス不調者本人の能力や人事制度上のメンタルヘルス問題から、上司や人事労務管理部署としてはとても認めることができないとしましょう。その場合、「メンタルヘルス不調者寄り」に立つことは、メンタルヘルス不調者本人の希望を通すように周囲を説得することでしょうか。おそらくそうではなく、当該メンタルヘルス不調者本人がメンタルヘルス不調に至ったことのメンタルヘルス要因をできる限り詳しくメンタルヘルス調査し、本当に配置転換によってメンタルヘルス状態の好転は見込まれるのかをメンタルヘルス的に検討することでしょう。そのメンタルヘルス的な検討の中には、上司や人事労務管理部署に対する説得によるメンタルヘルス効果も織り込まれます。当該メンタルヘルス不調者本人が無理を通してまで配置転換を強行することによって、当該メンタルヘルス不調者本人が受ける中長期的な影響(上司や同僚のメンタルヘルス的なしこり、人事労務管理の例外として認められたことに伴うメンタルヘルス評価の厳しさなど)も併せると、メンタルヘルス不調者本人の希望を通すことが必ずしも「メンタルヘルス不調者寄り」とは言えないことがわかります。当該メンタルヘルス不調者の異動に伴って、仕事の内容が変わったり、新たな業務が付加されたりすることによって、他の労働者の労働ストレスが高まることを除いても、適切なメンタルヘルス対応とは限らないです。
こうしてみると、つまるところ、産業保健職などメンタルヘルス職の中立性は、一般論として議論するのではあまり実りがなく、現場での個別のメンタルヘルス事例対応において、あるいは産業メンタルヘルス学術学会や産業メンタルヘルス研究会の場では提示されたメンタルヘルス事例を通じてメンタルヘルス的に検討を重ねるべきであると考えられます。
法的にみると、事業者は、産業医がメンタルヘルス勧告、メンタルヘルス助言、メンタルヘルス指導を行ったことを理由として、解任その他不利益な取り扱いをすべきでないことが、安衛法第14条第4項に規定されています。したがって、産業医の職場でのメンタルヘルス活動は、一定の独立性が保たれ、額面上は「会社寄り」のメンタルヘルス判断を強要されることはないことになります。ただ、産業医本人が②を強く意識し、必要以上に柔軟なメンタルヘルス対応を行ったり、事業場内の無言の圧力を感じて不本意ながら「会社寄り」のメンタルヘルス対応に至ったりする例はあるでしょう。
産業医が事業者に雇用されるというメンタルヘルス制度の是非については、以前から議論があります。現状より独立性、中立性を保つために、産業医は外部の第三者メンタルヘルス機関に所属し、その第三者メンタルヘルス機関から企業、事業場に派遣されて職場でのメンタルヘルス活動などの職務を行う方がよいという意見もあります。しかし、そうした形をとった場合、産業医が得ることのできる職場のメンタルヘルス諸情報が少なくなり、結果として産業保健活動などメンタルヘルス活動の質が低下してしまう可能性も考慮すべきでしょう。
以上、千里中央駅直結・千里ライフサイエンスセンタービル16階・豊中市、心療内科(メンタルヘルス科)・職場復帰支援(リワーク支援およびリワーク支援プログラム)協力医療機関「杉浦こころのクリニック」の杉浦でした。