職場のメンタルヘルス(自殺防止対策) | 豊中市 千里中央駅直結の心療内科「杉浦こころのクリニック」

職場のメンタルヘルス(自殺防止対策を含む) 職場のメンタルヘルス

ホーム > 職場のメンタルヘルス(自殺防止対策)

自殺防止対策について

警察庁の発表によれば、わが国の自殺者総数は1998年以降連続して年間3万人を超えていたが、2012年、15年ぶりに3万人を下回りました。しかし依然として、平均すると1日に70人を超える人が自殺で亡くなっていることになり、深刻な状況が続いています。自殺者数の増加は、不況やリストラの影響を直接的に受けた結果と考えられています。また自殺者のなかで最も多いのが40歳代から50歳代の人で、彼らがわが国の経済や社会の指導者的存在であることを考えると、社会にとっても大きな損失です。さらに労働安全衛生法の改正によって、過労自殺も労災認定されるようになり、自殺防止対策は企業防衛上からも重要な課題となってきました。ところで自殺者の多くはうつ病・うつ状態と考えられており、職場におけるうつ病の早期発見、介入が重要な課題となってきていますが、そのほとんどは適切な治療を受けることなく、最後の行動に及んでいます。

しかし、現状では精神疾患の啓発活動がなされても一次予防は十分ではなく、患者が発症し、治療の段階で初めて企業側に発症がわかることが多いです。

実際には精神医学的な問題を抱えているのに、さまざまな身体症状を訴えて、精神科以外の診療科を受診する人も多いです。うつ病ではさまざまな身体的な症状が出現しますが、うつ病を早期に診断して通切な治療を実施することによって、自殺を予防する余地は十分にあります。

うつ病の病像

自殺者の70~90%が生前に何らかの精神疾患に罹患しており、60~70%はうつ病であったといいます。DSM‐1V‐TRでは、重症うつ病に該当する患者の6人に1人は自殺に終わるとの報告もあります。このように、うつ病患者の自殺率は、一般人口に比べて、少なく見積もっても数十倍も高いです。

特に、重症のうつ病患者に自殺の危険が高いです。また、病状自体は重症でなくても、再発を繰り返し、長期にわたり遷延化している患者にも注意します。短期間に正常な状態とうつ病相が交互に出現する患者や、回復期の混合病像の状態にある患者も自殺の危険が高いです。

注意すべき症状としては、頑固な不眠、極度の精神運動制止や不安焦燥感などがあります。早朝覚醒はほとんどのうつ病患者に認め、自殺企図も周囲の目の届かないこの時刻にしばしば生じていることを考えると、不眠に対する対策も重要です。

絶望感、厭世的な態度、無価値観を自覚している患者にも注意を要します。将来起きる自殺を予測する因子として絶望感を非常に重視する研究者もいます。

また、妄想を呈するうつ病患者の自殺率はきわめて高いです。心気妄想、罪業妄想、貧困妄想などを呈するうつ病患者では、妄想を認めない患者に比べ、自殺率は5倍も高いです。

心気妄想にまで至らなくとも、身体症状に過度にこだわる患者がいます。身体症状が病像の前面に出ていて、他の抑うつ症状があまり明らかでない場合も珍しくないです。患者は身体症状にとらわれ、精神科以外の科を受診する傾向も強いです。

特に、高齢者は抑うつを率直に表現しない代わりに、身体症状をしばしば執拗に訴えます。予後不良の悪性疾患もあるが、高齢の患者で、症状を一つひとつ取り上げればそれほど重症ではない身体的な愁訴が数多く存在する場合は、自殺の危険徴候として検討すべきです。

また、認知症の初期に、抑うつ症状が合併することもしばしば認められます。周囲の状況を正しく認知できないこととあいまって、些細なことから絶望感にとらわれ、自殺の危険が急激に高まることも珍しくないです。

さらに、何らかの器質的な障害に伴う意識障害がうつ状態に合併した場合も危険です。せん妄の影響で、一見事故と見紛うような自殺が生じることもあります。特に、長期にわたって抑うつ傾向を認めた高齢患者に軽度の認知症やせん妄が合併した場合は、自殺の危険を示す徴候と考え、注意が必要です。この「抑うつ」(depression)、軽度の「認知症」(dementia)および「せん妄」(delirium)は、高齢者の自殺の危険の三徴(3つのd)ともいうべきものです。

病気の段階

病気の段階と自殺の危険についていえば、発症の直後、回復期、あるいは退院の直後に、危険が突然高まる可能性があることが指摘されてきました。もちろん、これは一般的にすべての患者にあてはまるものではなく、すべての時期に注意深く自殺の危険を評価していく必要があります。

自殺を決意してしまうと、いわば「嵐の前の静けさ」といった鎮静化した状態がしばしば生じます。これは治療上の判断を誤ってしまいかねない、危険な状態です。抑うつ的で、不安感や焦燥感がきわめて強かった患者が、それまでの症状が嘘のように消え、穏やかで、笑顔さえ浮かべ、医療者に対しても感謝を示すようなことがあります。この徴候のため、自殺の危機はすでに去ったとの楽観的で誤解に満ちた判断を医療者が下す危険も高いです。

希死念慮、自殺未遂、自殺の家族歴

自殺をほのめかすような言動はどのようなものでも真剣に取り上げます。希死念慮は言語的に表出される場合ばかりでなく、非言語的に伝えられることも少なくないです。「死にたい」「自殺する」と直接的に言葉にするばかりでなく、「私などもう生きている意味がない」「眠ったまま、目が覚めなければいい」「だれも自分のことを知らない所に行ってしまいたい」などといったり、「お世話になりました」などと不自然な感謝の念を表すこともあります。大事にしていた持ち物を処分したり、他人にあげてしまったり、あるいは、自殺に用いようとする手段を用意したり、自殺する場所を下見に行くようなことも、自殺企図の前にしばしば認めます。

また、自殺を図ったものの幸い救命された患者が、将来再び自殺行動を繰り返し実際に死に至る危険は、一般人口よりもはるかに高いです。自殺未遂歴のある患者では、10人に1人は結局、自殺によって生命を落とします。これは一般人口の数百倍の危険にもなり、最も重要な自殺の危険因子です。薬を数錠余分に飲む、手首を浅く切るといった、それ自体では死に結びつかない自傷行為に及んだ患者も、長期的には自殺の危険が高いと判断されます。

なお、治療中のうつ病患者が薬を用いて自殺を図る場合、処方された薬を用いることがきわめて多いです。そこで、患者に渡す睡眠薬や抗うつ薬が全量で致死量にならないようにしたり、家族に薬の管理を依頼するといった工夫も必要になります。特に、三環系抗うつ薬の過量服用は循環器系への影響が大きく、危険なので十分に注意すべきです。

自殺の家族歴についても情報を得ておきます。家族や近親者に自殺者が存在する場合は、本人にも自殺の危険が高まりやすいです。高率に自殺が多発する家系の報告があり、遺伝が自殺に果たす役割さえ指摘されています。さらに、身内以外でも重要な関係にあった他者の自殺を経験した人では、自殺の危険が高まると報告されています。潜在的に自殺の危険が高い人が他人の自殺を知った場合に、その人物に同一化し、急激に自殺の危険が高まることがあります。

事故傾性

自殺はある日突然何の前ぶれもなく起きるというよりは、それに先行して、自己の安全が保てなくなったり、健康の管理ができなくなるといった、無意識の自己破壊傾向(事故傾性)を認めることがあります。他の危険因子を数多く満たす人に、繰り返し事故が起きたり、慢性疾患に対する医学的な助言を守れないような場合は、緊急な事態が迫っている可能性に注意しなければならないです。

たとえば、これまでよくコントロールされていた糖尿病患者が、突然、食事療法、運動、薬物療法を止めてしまうなどということがあります。あるいは、インスリンを多量に注射・する、腎不全の患者が人工透析を受けなくなるなどといったことで、事故傾性に気づかされることがあります。医学的な助言をことさら無視するような言動も、患者の示している危険なサインととらえるべきものです。

飲酒との関係

当然ながら、アルコール依存症がうつ病に合併した場合、危険度は一段と高まります。なお、アルコール依存症の診断基準に合致しないまでも、自殺を図る人の多くが酩酊状態で自殺行動に及んでいます。アルコールの直接の影響で自我の判断も弱まり、自殺行動に及ぶ傾向を促進していることも多いです。

また、酩酊状態になるとうつ病の症状が一時的に多少は軽減することを患者自身が経験しているため、自覚しないうちに徐々に飲酒量が増加している場合があります。いつもはほとんど酒に手を出さない人が飲み始めたり、たしなむ程度の酒量が徐々に増えていくことは、うつ病患者で時々認められます。酩酊している間は多少なりとも症状の改善を認めたとしても、元来、アルコールには中枢神経系を抑制する作用があるため、酩酊状態から脱すると本来の抑うつ症状はさらに悪化します。自殺の危険を考えると、うつ病の治療中は原則として禁酒すべきです。

拡大自殺の危険

患者自身の自殺はもとより、精神的につながりの強い人々を巻き込んだ拡大自殺(ここでは無理心中を指す)が生じる危険も念頭においておかなければならないです。犠牲になる可能性のある相手に対して患者が一体感の幻想を抱いていて、自分なしではその相手の生存自体が全く想像できないものになっていることがあります。絶望的な状況の唯一の解決策として自殺を考えるのだが、当然、残される相手も生き続けることはできないとの結論が下されます。

患者が若い母親であれば、幼い子どもが犠牲になりかねないです。また、年老いた両親が身体障害のある成人の子どもを道連れにしたり、中年の男性の場合は家族全員を殺害した後、自殺することも起こりうる。病弱な配偶者を抱えた高齢者では、配偶者を殺害した後に自分も命を絶つかもしれないです。このように、単にうつ病患者自身の精神症状ばかりでなく、社会的・家庭的な状況にも注意を払い、患者の自殺の危険とともに、攻撃が向けられる可能性のある人の安全も確保します。

おわりに

正常な判断のもとで自殺が実行される場合よりも、何らかの精神障害に基づいて自殺行動が生じる場合のほうが圧倒的に多いです。特に、そのなかでもうつ病は重要です。しかし、うつ病であっても必ずしも典型的な病像をとる例ばかりではないです。うつ病を早期に診断し、適切な治療に導入することによって、自殺を予防する余地が十分にあります。

うつ病を的確に診断するためには、まず、うつ病の可能性を疑わなければならないです。たとえば、「睡眠はとれているか」「食欲は落ちていないか」「仕事の能率が落ちていないか」「感情が不安定になっていないか」「飲酒量が増えていないか」などという質問を患者を前にして常に念頭においておくだけでも、うつ病の可能性を検討することは可能です。

そして、自殺の危険が高いと判断されたうつ病患者については、精神科医による適切な治療が受けられるようにすべきです。

うつ病について >>

ページトップに戻る

レスポンシブウェブデザイン